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たかの舞俐 3才から、母よりピアノを学び、5才から作曲をはじめる。桐朋学園大学で宍戸睦雄氏に作曲を師事。同大学を卒業後、西ドイツ(当時)国立フライブルク音楽大学大学 院でブライアン・ファニハウ教授に、その後、西ドイツ(当時)国立ハンブルク音楽 大学大学院でジェルジ・リゲティ教授に作曲を師事。1988年修士修了。 80'年代には高野真理の表記で国内外の作曲コンクールで賞をとり、師ジェルジ・リ ゲティとの出合いにより、独自のオリジナリティーによる作風を発展、確立。2002年 にBIS社よりリリースされたCD「Women's Paradise」は、世界各地で反響を呼び、ヨ ーロッパ、アメリカ、オーストラリア等で放送されている。1993年ハンブルク州文化庁、1995年在日アメリカ大使館、1997年神奈川文化財団を初め、現在まで様々な演奏家等から作曲委嘱を受け、作品は「リゲティ・コングレス」、「グラーツの秋」、「アムステルダム現代音楽祭」など様々なフェスティバルで演奏されている。 文化庁より研究助成金を受け、2002年9月より11月まで米国ノースウエスタン大学に ゲスト・コンポーザーとして滞在。現在、桐朋学園芸術短期大学、女子美術大学講師非常勤講師。 「私はこの譜面を最初にみた時、すでに言ったけど、これはいい音楽のにおいがするね。舞俐」(ジェルジ・リゲティ 1989年 「Women's Paradise」について) 「印象的なシンセサイザー・コラージュによる魅力的な彼女の抽象的オペラ 「Women's Paradise」は終始観客の心を捉えた。」(Hamburger Abendblatt 1991年 6月20日) 「ルネッサンス風のスタイルをとりいれた「花のアリア」はしっとりとした感触を持つすぐれた作品」(柿沼敏江 1997年12月 週刊オン・ステージ) 「この人の作品集は以前から聴きたかった。〜知り抜いたアカデミズムや前衛から 「脱皮」した音楽で、かなり手強い側面をも秘めてはいるけれど、フェミニンで真に 独自な世界の創出に成功している」(高久暁 2003年 レコード芸術) 「全ての感覚が、満たされていき、このパワフルなレディーのCDは終わる〜一言で言えば、このCDのすべてがとても面白い」(Jean Vermeil 2003年 Repertoire) 「「Women's Paradise」では、声の使い方は大変勇気があり、自然な声とシンセサイザー音のバランスは非常に成功し、類い稀な音色のオリジナリティーで卓越している。〜」(Frank Mallet 2003年5月 le Monde de la Musique) 「「異」に対するノンシャランでもコミットでもない姿勢とストラテジー、これはこれまで日本のどの作曲家も取りえなかった地点ではないだろうか。そして、そういう世界とたかのは初めて向き合っている。〜」(長木誠司 2003年レコード芸術) 「〜たかのの並外れて、多才で広範囲に渡るアイデアは、その強い魅力の一部分である。「Women's Paradise」はインスピレーションに溢れた、偶像破壊的な音楽であり、国際的なセンスにおいて開拓的な作品である。たかのは彼女の意志と思いつきに従い、それは彼女自身も私達も、いままでいったことのない場所へつれていく。BIS社CD「Mari Takano Women's Paradise」は、女性でなければできない創作品と思う。そして、男性の現代音楽作曲家の多くは、彼女の直感のセンスと、一貫して高いレベルで新しいことを導入しようとする姿勢に、恐れをなすべきだろう。」(Uncle Dave Lewis 2007年 All Media Guide) このサイト内の全ての著作権は作家が保持しています。 無許可転用転載は禁じますので、そのような場合はご連絡ください。 ©2006 Mari Takano |
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